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なぜ日本人2人を殺した米軍人は「英雄」として釈放されたのか…米国人を日本の法律で裁けない「在日米軍」の闇

プレジデントオンライン / 2024年2月8日 8時15分

ドクターヘリで病院に運ばれたものの、女性と義理の息子は死亡(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Chalabala

交通事故で日本人2人を死亡させ、過失運転致死傷の罪で禁錮3年の刑に服していた米海軍大尉が、昨年12月に米国へ移送され、今年1月に仮釈放された。ジャーナリストの岩田太郎さんは「日本で有罪が確定した米軍人の刑の減免は治外法権そのものだ。背景にはバイデン大統領をはじめ米政府高官や議員の圧力がある」という――。

■交通事故で日本人2人を死亡させた米国軍人の「逃げ得」

日本人に対し罪を犯した在日米軍人は「逃げ得」なのか。

2021年5月29日の午後1時ごろ、妻子とともに富士山への登山を終えた米海軍横須賀基地所属のリッジ・ハネマン・アルコニス米海軍大尉(33、年齢は当時)が運転する乗用車が、静岡県富士宮市で計5台の車に衝突する事故を起こした。片側1車線の国道469号沿いにある飲食店の駐車場に、対向車線を越えて突っ込んだのである。

この事故で、富士宮市の女性(享年85)とその義理の息子で静岡市清水区の男性(享年54)、および女性の娘(53、当時)の3人が、乗っていた車から出た直後、車と車の間に挟まれた。

すぐドクターヘリで病院に運ばれたものの、女性と男性は死亡。救急車で搬送された娘も怪我を負った。

■「急性高山病のため突然失神」と主張

富士宮署は公務外であったアルコニス大尉を現行犯逮捕。

人命が失われたことから過失致死傷容疑に切り替えて取り調べが行われ、アルコニス大尉は居眠り運転による自動車運転処罰法違反(過失致死傷)で起訴された。

2021年8月に静岡地裁沼津支部で開かれた初公判で、アルコニス被告は「事故によって痛みと苦しみを味わわせてしまい、とても申し訳ない」と謝罪する。

地元テレビ局の静岡放送(SBS)は、アルコニス被告の発言を受け、「米軍人の男が起訴内容を認めた」と報じた。

だが、実際にはアルコニス被告側は細部で起訴内容を認めていなかった。

検察は「アルコニス被告が眠気を催し、直ちに運転を中止する注意義務があったにもかかわらず、運転を続けた」としたのだが、被告は「当時は疲労しておらず、周りの状況もよく把握していたが、登山による急性高山病のため突然失神して意識を失った」と主張していたのである。

■「上級国民」事件を彷彿とさせる

2019年4月に東京・池袋の交差点において、旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三受刑者(当時87)が運転する車が暴走し、松永真菜さん(享年31)と長女の莉子ちゃん(享年3)の2人の命が奪われた。

にもかかわらず、飯塚受刑者がすぐ逮捕されなかったのは「上級国民」だからだ、と炎上した事件だ。

結局、東京地裁は2021年9月に、禁錮5年の判決を下した。さらに2023年10月には、同地裁が飯塚受刑者に約1億4000万円の賠償を命じている。飯塚受刑者の態度もこの判決に影響したと考えられる。

アルコニス元受刑者の事件はこの飯塚幸三受刑者の事件を彷彿させる、きわめて悪質なものだ。

■禁錮3年が確定

検察側は、「運転をやめることができたにもかかわらず居眠り運転を続け、2人の尊い命を奪った責任は重い」として、禁錮4年6カ月を求刑した。

この時点で無罪判決を期待するアルコニス被告は、遺族へ160万ドル(約2億4000万円)の賠償金を支払ったとされる。

しかし、静岡地裁は2021年10月、被告の主張を退け、過失運転致死傷の罪で禁錮3年の実刑判決を言い渡した。被告は控訴したが、2022年7月に東京高裁がこれを棄却して刑が確定し、服役した。

だが、アルコニス元受刑者は刑を半分終えただけで、米国へ移送され、2024年1月に仮釈放された。

なぜ、このような結末を迎えたのか。

ジャッジガヴェル
写真=iStock.com/spawns
日本で刑が確定し、服役した(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/spawns

■「日米地位協定違反」を主張

日本の警察によって、アルコニス元受刑者が医師の診察も受けられないまま、1カ月近く勾留されたことが、日本における米軍人の地位を定めた日米地位協定違反だという主張がなされた。

米軍人・警察官・消防士などが米国内外で法に触れた場合、彼らの権利を徹底的に擁護する「パイプ・ヒッター財団」という支援団体がある。この団体がアルコニス元受刑者の事件を問題視する一大キャンペーンを張った。

米CNNによると、米国務省は、アルコニス元受刑者が日本当局により不当に拘束されたとは認定しなかった。

このため、釈放に向けて政治的解決が模索されることになる。

マイク・リー上院議員(共和党)やマイク・レビン下院議員(民主党)をはじめ、有力な政治家たちがバイデン政権に圧力をかけた。

■ホワイトハウスでの日米首脳会談で取り上げる

アルコニス元受刑者が服役して約半年後の2023年1月には早くも、バイデン大統領がホワイトハウスで行った岸田文雄首相との会談でこの問題を取り上げている。

会談後に「この問題の解決を試みる」作業部会を設置することで日米が合意したとされる。

バイデン大統領と岸田首相
写真=AFP/時事通信フォト
バイデン大統領が日米首脳会談で取り上げた(バイデン大統領と岸田首相、2023年1月13日) - 写真=AFP/時事通信フォト

こうした中、2023年2月のバイデン大統領の一般教書演説に共和党下院議員のゲストとして招かれたアルコニス元受刑者の妻のブリタニーさんは、涙ながらに大統領と抱擁を交わして「悲劇」を演出していた。

また、アルコニス元受刑者は2023年4月にブリタニーさんに宛てた手紙の中で、「あまり調子がよくない」「最近は壁と鉄格子のせいで自分の監房が一層狭くなったように思える」「私は今、人間よりも動物に近いと感じる」と訴えていた。

■米国人の「治外法権」を認めたようなもの

こうした運動により、アルコニス元受刑者は、刑期を半分終えた2023年12月に米国に移送された。

その直後、今年1月に米カリフォルニア州の法定刑基準で刑が転換され、十分な期間服役したと判断されて仮釈放された。

日本で服役していれば2025年7月まで社会に出てこられなかったはずだが、仮釈放中とはいえ、アルコニス元受刑者は自由の身となった。

当然、事故の遺族としては納得がいかないだろうし、部分的に米国人の「治外法権」を認めたようなもので、釈然としない。

手錠
写真=iStock.com/turk_stock_photographer
アルコニス元受刑者は自由の身となった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/turk_stock_photographer

■バイデン大統領の圧力に岸田首相が屈した可能性

国際刑事司法に詳しい立命館大学の越智萌准教授は、「ABEMA」の番組で、「日本と米国は受刑者が釈放後に一番社会に戻りやすい場所で服役させる趣旨で締結された『受刑者移送条約』の締約国であり、アルコニス大尉はこの枠組みに基づき米国に移送された」と指摘。

さらに、残り1年半の刑期については、「日本で認定された過失致死は変えずに、カリフォルニア州の刑法の場合どれくらいの罪に当たるかが再審査され、同州においては最大禁錮が16カ月であることから、日本では既に17カ月以上刑に服したアルコニス元受刑者の法定刑はすべて日本で服役したと判断された」と解説する。

米国側が、政治的な圧力と2つの国際条約をアクロバット的に用いて、残りの刑期を無理やり短縮させたようにしか見えない。

あたかも岸田首相がバイデン大統領の要求に屈し、幕末の日本よろしく裁判権を治外法権的に渡してしまったように映る。

■「理不尽な日本の警察や司法と戦った英雄」と見られている

釈然としないのが、アルコニス元受刑者側が声高に唱える、「急性高山病のため突然失神して意識を失った」との主張だ。

これにより、アルコニス元受刑者は「病気を認めない理不尽な日本の警察や司法と戦った英雄」のように見られている。

星条旗
写真=iStock.com/SaintCanada
「日本の警察や司法と戦った英雄」と見られている(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/SaintCanada

アルコニス元受刑者の釈放を求めたリー上院議員は、1月13日にX(旧ツイッター)で、事故の原因は「過失ではなく病気によるもの」と主張し、日本に謝罪を求めた。

だが、事故で亡くなった男性の父親は、「そんなこと言ったら怒るわね。親より先に子どもが死んだのだから、悲しいに決まってるじゃん。(事故が)なかったら、われわれも普通の生活があったんだから」とフジテレビの取材に対して語っている。

■「標高約300mで高山病を発症」は本当か

アルコニス元受刑者は、本当に高山病であったのだろうか。

富士山には毎年20万人前後が登山し、その3割が高山病を発症する。主な症状は吐き気や頭痛、疲労などで、失神する場合もある。高山病は一般に標高2500mを超える辺りから発症する。

ところが、事故が起こったそば処「古庵」の所在する富士宮市山宮の標高はおよそ300mである。

ちなみに、2022年8月に富士山を下山中だった横須賀基地所属の別の米軍人男女のうち、男性が高山病で頭痛を発症して警察に救助を求めたことがある。

現場は、標高3090mの富士山御殿場ルートの七合五勺にある山小屋「砂走館」付近。そして、救助後に標高2400mの五合目まで下山すると男性の体調は回復し、2人はそのまま帰宅したという。

■静岡地裁と東京高裁の判断は妥当

筆者は医学や登山の専門家ではないため、富士山登山者が標高およそ300mの地点までクルマを運転して下ってきた時に、ハンドルを握ったまま突然失神することがあり得るのか、判断できない。

だが、素人目には、アルコニス元受刑者による急性高山病発症の主張を、静岡地裁と東京高裁が退けたことは妥当だと思える。

■岸田首相は国民主権を否定するのか

米国の圧力に屈し、日本の司法判断の有効性を曲げたように見える岸田政権。他国の圧力で刑の内容を後付けで変えられるなら、司法への信頼が揺らぐだろう。

日本国憲法はその前文で、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と謳(うた)っている。

だが、今回の一件で岸田首相は米国に屈し、国民主権を否定したように見える。

日本政府の使命とは、一義的には日本国民の人権を守ることだ。

憲法前文はまた、「自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする……責務」を説いている。これが、日本という国の政治の1丁目1番地なのだ。受刑者移送条約を含む国際条約は、この原則に服従するものだ。

岸田政権がアルコニス元受刑者を米国に引き渡してしまった以上、もはや取り戻すことはできない。

だが、これからも発生するであろう同様のケースにおいて、国民の人権が日本政府に守られるように、政府に対して要求をしなければならないだろう。

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岩田 太郎(いわた・たろう)
在米ジャーナリスト
米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。

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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)

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